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台湾進出の法的リスクと対応策 人事労務、債権回収

※ この記事は旧サイトで公開していたものを修正してリニューアル掲載しています。

日本企業が台湾進出するにあたっては、どのような法的リスクがあり、それに対してどのように対応すれば良いのでしょうか。シリーズ最終回の今回は、人事・労務の問題と、債権回収の問題を取り上げます。

人事、労務に関するリスク

日本企業が台湾で事業展開するに際して、様々な形態があり得ることは別稿「台湾進出の様々な形態」で述べたとおりです。どのような進出形態を選択するにせよ、日本から台湾に人を派遣したり、台湾で台湾人従業員を雇用したりする場合は、人事、労務に関するリスクについて配慮しておく必要があります。以下、日本人従業員を台湾に派遣する場合と、台湾で台湾人を雇用する場合に分けて見てみましょう。

日本人従業員派遣の問題

日本人が台湾に行く場合、ノービザで90日連続滞在できますが、この場合は商業目的でないことが前提となっていますので、滞在期間中は営業活動ができません。

営業活動のために台湾に駐在するためには、台湾の労働部から外国人就業許可を得た上で、さらに外交部から就労ビザの発行を受ける必要があります。現地拠点の状況や駐在員の立場によって取得するビザの種類が異なりますが、総じて、日本人が台湾のビザを取得するのはそれほど困難なことではありません。日本国内における台湾側の窓口としての相談先は駐日経済文化代表処になりますので、各種手配を自前で行う場合には、代表処との間で相談しやすい関係を作ることに努めると良いでしょう(筆者も台湾留学の際には代表処に親身に相談に乗ってもらい大変お世話になりました)。

関連機関名 連絡先(住所、ウェブサイト)
台北駐日経済文化代表処 東京都港区白金台5-20-2
http://www.roc-taiwan.org/jp_ja/index.html
公益財団法人交流協会 東京本部 東京都港区六本木3-16-33 青葉六本木ビル7階
https://www.koryu.or.jp/ez3_contents.nsf/Top

日本人従業員を台湾に長期滞在させる以上、病気で体調を壊したり、不慮の事故に巻き込まれて怪我をすることに備えておく必要があります。この点、台湾に派遣した日本人従業員が台湾で業務に従事している最中に事故にあった場合、日本の労災保険の適用はありません。また、台湾には日本と同様の国民健康保険制度がありますが、日本人が台湾の国民健康保険に加入するには最低でも半年間(居留証を取得してから半年間)の台湾滞在実績が必要です。したがって、駐在中の怪我や病気については、日本の保険会社の外国旅行保険等でカバーすることが少なからず必要になります。

台湾人従業員雇用の問題

台湾で台湾人従業員を雇用するにあたっては、台湾の労働事情や雇用法制について基本的知識を抑えておく必要があります。

(1) 台湾の労働事情
一般に、台湾人労働者は労働意欲が高く勤勉である一方、給与水準は物価に比較すると低く、雇用する企業の側にとって台湾は恵まれた環境にあると言えます。日本と比較すると、新卒採用について新卒一括採用が無いこと、転職が盛んで人材バンクが盛んに活用されていること、女性の就職率が高いことなどの特徴があり、多様かつ弾力性に富む労働市場が存在します。労働者のストライキはほとんど見かけることはありませんが、労働者の権利意識は比較的高く、給与の多寡、勤務時間、他の従業員との待遇の差異、その他の勤務条件に関して法的な手続で争われるケースもあります。

(2) 労働条件に関する規制
労働法制の全体的な枠組みは日本とほぼ同様ですが、労働条件に関する規制の内容は日本と異なる点があります。例えば、台湾では1日の労働時間は原則として8時間で、2週間の総労働時間が84時間を超えてはならないとされており(台湾労働基準法30条)、日本とは異なる形の規制が敷かれています(※1)。

また、時間外労働における割増賃金率も、台湾では1日につき最初の2時間までが1.33倍以上(1/3以上の割増)、次の2時間までが1.67倍以上(2/3以上の割増)、休日は2倍以上(通常賃金と同額以上の割増)が必要とされており(台湾労働基準法24条)、日本よりも割増率が高く設定されています(※2)。

※1 日本は1日に8時間、1週間に40時間まで
※2 日本は1カ月の合計が60時間までは1.25倍以上、60時間を超えた分は1.5倍以上、休日は1.35倍以上

(3) 労働紛争防止の方策
台湾で雇用した従業員との労働紛争を避けるために最も効果的なのは、日常的なコミュニケーションを積み重ねて気持ちよく働いてもらえる環境を作ることです。従業員に指示を与える際には、具体的に、明確に行い、言葉や文化の違いによるすれ違いを防ぐようにします。こちらの考え方を一方的に押し付けるのではなく、面子を重んじ、家族関係を大切にする台湾の文化を理解し、それらを尊重して人間関係を構築すべきです。

債権回収に関するリスク

せっかく万全の準備をして台湾進出を果たしたのに、取引相手がお金を支払ってくれないという場面に遭遇したらどうすれば良いでしょうか。台湾進出に関する連載の最後のテーマは、債権回収リスクの対応策です。

台湾取引における債権回収リスクの要因

日本企業の台湾進出における債権回収のリスク要因として、次の3つの点を頭に入れておく必要があります。第一に、取引相手にかかわる問題として、国内取引のように簡単に相手の動きをつかむことができず、逃げまわる相手を運良く捕まえることができたとしても、国内取引のような「暗黙の了解」によるコミュニケーションは期待できず、支払いの約束を取り付けても支払ってもらえる保証はありません。

第二に、取引方法にかかわる問題として、特に輸出入の取引の場合、対象となる物品の輸送と代金支払いの間にタイムラグが発生し、「商品・製品を送ったが代金が入って来ない」という問題が生じやすいということがあります。

第三に、法律にかかわる問題として、台湾企業からの債権回収を図る場合、相手方の拠点が台湾にある以上、最終的な債権回収の処理(強制執行)を見据えた対応(請求、交渉、訴訟など)も、台湾の弁護士に依頼するなどして台湾で実施する必要があります。

相手方の信用悪化時の債権回収方法

(1) 自力での交渉
台湾のパートナー企業からの代金支払いが無い場合、何と言っても最優先で行うべきは丹念な交渉です。台湾のオフィスに直接訪問することはなかなか難しいでしょうから、その分、電話やメールをフル活用して支払いを催促します。相手企業は他の取引の支払いを優先して当社への支払いを後回しにしている可能性が高いので、粘り強く交渉を重ねて「あの会社は後回しにできない」と思わせ、相手企業の支払先リストにおける当社の優先順位を上げることが重要です。

(2) 相殺、債権譲渡、担保権の実行など
売掛金そのものを回収できなくても、一定の法的手段を用いることで、実質的に債権回収の実現を図ることができます。以下に代表的な例を挙げておきますが、いずれの手段も一定の条件下において初めて実行できるものですので、契約内容や関係当事者の状況をよく検討する必要があります。

・相殺:相手方に対して債権(売掛金)を持っていると同時に債務(買掛金)を負っているという事情がある場合、債権と債務を対当額で相殺して消滅させる。

・保証金償却:保証金の差し入れをしてもらっている場合、保証金を償却して債権回収に当てる。

・担保権の行使:相手方の財産に担保権(台湾法においても日本と同様に質権、抵当権、譲渡担保権などの担保制度があります)を設定している場合は、その担保権を行使する。

・保証人への請求:連帯保証人がいる場合は、当該連帯保証人に請求する。

・債権譲渡:当該売掛金債権を第三者に売却(債権譲渡)し債権の売買代金を得ることで、実質的に債権回収を図る。

(3) 代理人による交渉
自力での交渉で解決できない場合、債権回収を台湾の弁護士に依頼することも有効です(※3)。依頼を受けた弁護士は、代理人弁護士の名義で相手方に催告書を送り、債権の支払いがない場合には法的措置を行うことを通告し、場合によっては相手方企業に架電して支払いを促します。この催告書は、通常、「存證信函」という日本の内容証明郵便に相当する方式により発送しますので、一般的なビジネスレターを上回る圧力を相手方に与えることが期待できます。

※3 日本人弁護士は台湾法のもとでは弁護士として活動することができませんので、台湾人弁護士に依頼する必要があります。

(4) 法的措置

債権回収の最終手段は、台湾国内での法的措置の実行です。台湾の弁護士を代理人に立てて、台湾の裁判所において訴訟(民事訴訟)を提起します。台湾の民事訴訟手続は日本のそれとほぼ同じであり、訴訟提起後は原則として書面により当事者双方が主張・立証を行い、最終的には裁判官が判断を下します。日本の民事訴訟と同様、訴訟に要する期間としては最低でも半年程度見ておく必要があります。請求認容判決(勝訴判決)にもかかわらず、それでもなお相手からの支払いがない場合は、判決に基づいて強制執行を行うことを検討します。債権回収の方策としては強制執行が最後の一手ということになります。

債権回収リスクを防ぐための対応策

ここまでの内容から明らかなように、相手方の支払いが滞った後に債権回収を実現するのはかなり骨の折れることです。台湾のパートナー企業の信用が悪化してから対策を練るのでは無く、取引開始前と取引開始時の手当により債権回収リスクの顕在化を防ぐことが理想です。

(1) 取引開始前の対応策
国内取引と同様、台湾企業との取引においても、相手方企業の信用調査を尽くして「本当に取引をしても良い相手かどうか」を見極めることが重要です。信用調査の方法としては、台湾の経済部の商工資料調詢系統により台湾企業の登記情報(資本金、所在、役員名、設立時期等)を調べるほか、当該会社や経営者個人についての情報をインターネットで検索したり、調査会社に委託して調査してもらうなどの方法があります。調査会社に関しては、JETROが民間の調査会社と提携して外国企業信用調査サービスを提供しているので、そういったものを活用すると良いでしょう。

しかし、何と言っても一番信用できるのは、自分たちで実際に見聞きして手に入れた情報です。台湾のパートナー企業の経営者や担当者の態度、オフィスの雰囲気、従業員の様子、名刺やパンフレットの記載などから、企業の実態が浮き彫りになってくるはずです。そのようにして把握できた相手方の企業実態を元に、取引するかどうか、取引するとしてどのような内容にするかという点を精査します。

(2) 取引開始時
取引開始時において重要なのは、契約交渉と契約書という二点について手を抜かないことです。契約交渉を人任せにせず、いつ、どこで、誰と交渉し、どんな契約を締結するのかという点について丁寧にフォローし、一つ一つ交渉を進めて行きます。契約交渉過程は議事録に残し、契約(契約書)の骨子を想定して交渉にあたり、まとまった合意内容は契約書の形にして固定化します。このようなプロセスを疎かにせず着実に進めてことが、自社に不利な契約や穴のある契約を締結してしまうことを防ぎ、ひいては未収金の発生を防ぐことにつながります。詳細は別稿における「契約に関するリスク」の部分をご参照ください。

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