• 「訪日客に街の魅力を伝えたい!」
    株式会社イールー
    代表取締役 伊藤薫氏

    スポーツ一筋から起業家への道のり

    山口:昔から海外志向が強かったのですか。

    海外志向はありました。高校まで新潟の田舎町にいて、地元は好きだったんですけど、それと同じくらい「世界を見に行きたい!」という気持ちがありました。ただ、学生時代に最も優先順位が高かったのはスポーツで、中学ではバレーボール、高校ではバスケットボールに熱中していました。大学では選手をサポートする側にまわって上を目指そうとアメリカンフットボール部でマネジャーをしていました。

    大学進学で東京に行くことになって、卒業後も大きな会社で働くことになって、客観的に見れば海外に近づいたはずなのですが、タイミングが合わなかったりして、結局28歳までパスポートも持っていませんでした(笑)

    山口:起業についてはいつ頃から意識していたのですか。

    大学を卒業してリクルートに就職するときには既に起業を意識していました。そもそもリクルートを選んだのも、いつか自分で起業するんだ、そのためにここで働いて力をつけるんだという気持ちでした。私の家系は、皆、自分で何かしら事業をしているので、そういう血を引き継いでいるのかもしれませんね。

    国内外での様々な経験

    山口:リクルートではどのような仕事をしていたのですか。

    リクルートに入社してすぐにホットペッパー(注:街の情報を集めたクーポンマガジン)の事業部門に配属されました。ホットペッパーは、既に大都市で中小事業者の販促広告ビジネスを展開していたのを、日本全国の小規模都市でも展開してみようという実験事業でした。リクルートにいた8年間のうちの6年半はそこで過ごしましたが、飛込み営業から始まり、本部でのマネージメント、その後はまた現地での営業マネージャーと、本当に様々な経験をしました。最後の2年弱は新規事業の立ち上げを企画する部署にいました。

    山口:その後は活動領域を一気に海外に移していますね。

    リクルート時代の最後の方に、海外のスタートアップに関する情報を収集する目的で初めてアメリカに行きました。そこで同年代の人たちが事業を立ち上げて世界をフィールドに羽ばたこうとしている様子を見て、非常に刺激を受けました。ところが、当時、リクルートは上場準備のために次々と海外拠点を閉鎖しているところで、国際的な仕事はできそうもない。そこで思い切って会社を辞めて、海外で働く方向に自らシフトチェンジしました。海外人材派遣の制度や知人のネットワークを辿ったりして、最初はマニラで1年、その後は上海で1年、英語や中国語を勉強しながら日系企業の現地向けの販促プロモーションの仕事をしました。

    仕事が一段落して日本に帰ってきて、その段階で起業を検討しつつあったのですが、クリエイティブエージェンシーであるロフトワークで仕事の機会をいただき、そこで2年半働きました。日本の技術素材を生かした技術を持つ中小事業者の海外販路開拓を支援するプロジェクトなど、今の自分の活動にもつながる充実した経験をしました。ただ、もっと草の根レベルで「街」や「人」そのものとの繋がりをサポートしたいという気持ちが大きくなり、自分で事業を興すことにしました。

    深川から全国へ!

    山口:今後、活動地域を拡大していく予定はありますか。

    日本には魅力がぎっしり詰まった街がたくさんあるので、深川以外の地域でも挑戦してみたいという気持ちはもちろんあります。ただ、その地域の特色や独自性をどう活かしていくかということが重要ですので、単に深川でやっていることを別の地域に移すのでは通用しません。そこで、今考えているのは、深川での活動を隣接地域に広げていけないかということです。

    例えば、墨田区の押上向島あたりのエリア。古くからの工房がいっぱいあったり、若いクリエーターが古い一軒家を改装して拠点にしたりして、ものづくりの拠点としてのコミュニティーができています。深川からも近いので、自転車やカヤックで相互に移動することもできます。点と点を繋いでいくように拠点を増やしていけたら面白いと思います。

    街の魅力を深掘りしたりその魅力を外部に伝えるためには、一緒にやってくれるメンバーが必要です。事業の趣旨に賛同してくれる人から声をかけてもらったり、様々な得意分野を持った方たちと接点を持たせてもらったりして、人的基盤となり得るようなネットワークを作っていく必要があります。地理的な意味だけでなく、質的な意味でも活動領域を拡大していきたいですね。

    国際化社会の中での日本と日本人

    山口:外国からの訪日客が急激に増えてる一方、それを受け入れる日本人の側は十分に対応しきれていないように思えます。私たちはどのような心構えでいればよいでしょうか。

    本来、言葉は分からなくても、伝えたいことがあれば、コミュニケーションは可能なはずです。そこで問題なのは、そもそも「伝えたいこと」があるかということです。日本に魅力を感じて、日本に来てくれた方たちに対して、私たち日本人は伝えたいと思うメッセージを持っているでしょうか。例えば、自分たちの住む街の魅力を、そこを訪れた人に対して語ることができるか。自分の住む街の魅力を語るためには、街の歴史や特徴、いまの姿を知る必要があります。そういった点を疎かにして、単に形式的に受け入れ体制だけ整えても、本当の意味での「おもてなし」は成立しません。

    実は、深川地域を含む東京都江東区は、地元の人と移住してきた人の融合問題、戦争、災害による度重なる被害からの回復、土壌汚染や水質汚染による環境問題といったことを乗り越えてきた歴史があります。日本社会が近代化する過程で向き合ってきた社会問題が凝縮された地域と言っても過言ではありません。そうすると、外国の人がここを訪れて、自国で起きている社会問題を解決するためのヒントを得ることができる可能性もあるはずです。そういったことを語れるかどうか、未来に向けたメッセージを発することができるかどうかが重要なのではないでしょうか。

    山口:イールーでの事業を通じてどのような未来像を描いていますか。

    大きな目標としては、日本という国の内側と外側でもっと人の行き来が自由になってほしいです。日本から海外に向けて、自分たちの国や文化についてしっかりと発信する。外国から多くの人が日本を訪れ、日本で働き、日本で住み、日本を好きになってくれる。日本からも、多くの人が外国に行き、その地域の魅力を知る。そこで日本の魅力についても発信し、今度はそれを受け取った人が日本を訪れる。こういう流れを作るお手伝いを続けていきたいと思っています。

    それと、経営面については、抽象的なイメージで恐縮ですが、「木」のようになりたいです。イールーとしての幹があり、そこから事業という名の枝が伸びて、その先にパートナーの皆さんが葉を広げて実を実らせてくれる。自己完結するのではなく、会社として本業で利益を出しながらも、その周囲の人たちとも共生して、ともに成長していきたいです。

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