• 「伝統を守るために挑戦し続けます」(前編)
    司牡丹酒造株式会社
    代表取締役 竹村昭彦氏

    酒造りの修行、そして新しいことへの挑戦

    山口:司牡丹に入社して、どのようなことに取り組んだのですか。

    日本酒に関しては完全に素人で、酒の「さ」の字も知らなかったので、まずは酒について学ぶことから始めました。酒に関する本を読みあさり、藏に寝泊まりして酒造りの工程を経験しました。最初、精米工場を見に行ったとき、精米機と言えば農家の軒先にある精米機のイメージしか無かったので、酒用の精米機のあまりの大きさに度肝を抜かれました。その程度のレベルから徐々に学んでいきました。

    ちょうどその頃、創業390年のイベントがあり、その一環として司牡丹の歴史をひも解く作業をやりました。竹村源十郎という私の曽祖父で司牡丹の中興の祖と言える人がいて、その曽祖父が残した自伝を読んだり、あと分からない部分は自分で調べたりして。それでわかったのが、司牡丹という酒蔵は、酒の品質の改良を軸にしつつ、新しいことに挑戦することで危機を脱して歴史を積み重ねてきたということです。結局、伝統というものは守ろうとしてばかりいたら守れないのです。ですから、私自身も経営に携わるようになってからは、米作りの新しい農法を取り入れてみたり、蔵を改装して物販を始めたりと、様々な新しい取り組みにチャレンジしました。

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    山口:新しいことをやろうとすると、それに対する抵抗や反発も生まれると思います。そういった点での苦労はありませんでしたか。

    自分の方が突っ走って間違っている場合もあるので、反対意見が出ること自体は、やろうとしていることを冷静に見つめ直す良い機会だと思います。例えば、三増酒とか三倍増醸酒と言って、米、米麹だけでなく、醸造アルコール、さらには糖類、酸味料まで入れてつくる一番安いお酒があります。純米酒から比べると3倍の量を製造できてしまいます。私は司牡丹に帰ってきて、品質を追求するために三増酒の製造をやめようと提案したんです。

    ところが、その三増酒が好きで毎晩飲んでくれている人たちがいるんです。司牡丹の三増酒が一番美味しいと言って支持してくれている人たちです。従業員に、その人たちの気持ちを無視して一方的に「品質改善」を押し付けることは、ファンを裏切って悲しませることだと言われました。毎晩同じ酒を飲んでいるので、味が少し変わっただけでそっぽを向かれてしまうと。そこで方針変更して、一気に三増酒の製造をやめるのではなく、10年かけてちょっとずつ添加物の量を減らしていくことにしました。最後の1年は、もう糖類はほとんど加えていませんでしたが、ラベルにはちゃんと糖類の表示したりして、本当に10年かけて糖を抜きました。

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    山口:平成17年には新しい蔵(通称:平成蔵)を建てて最新の機械を導入していますね。会社の命運を左右する一大プロジェクトだったと思いますが、どのような経緯で実行したのですか。

    それまでうちには大掛かりな機械は無く、完全に人手に頼っていました。だから蔵人だけで30人くらい必要だったんですけど、ただでさえ地方では高齢化と人口減少が進んでいる上に、昔のように農家の人が農閑期に半年間だけ手伝いに来るというのも少なくなってきて、人手不足が顕著になっていました。そこで、酒造りの工程に機械を導入する構想自体は結構前から練っていました。

    問題は、いつ、どのような機械を入れるかです。杜氏に日本全国あちこちに見学に行ってもらい、酒造りの工程を機械化する方法を研究しました。そのノウハウが熟したのがちょうど今から12~13年ぐらい前で、当時は日本酒業界全体があまり調子が良くなかったのですが、思い切って新しい蔵の設置と機械の導入に踏み切りました。会社の会計上は非常に辛い設備投資でしたが、酒の品質を高いレベルで維持できるようになりました。あのときに平成蔵を建てたおかげで今の司牡丹があるのは間違いないですね。

    ところが、大金を使って新しい藏を建てて、日本名門酒会の品質管理委員会でトップを取って、全国の蔵からうちに見学が殺到して、散々賞賛されても、それが売上に直結するわけではないんです。むしろ落ちたりする。つまり、品質を上げるだけじゃダメなんです。それをちゃんと伝える努力をしないと。

    後編に続く)

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