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    「日本と台湾の架け橋になることが変わらない信念です」
    合同会社ファブリッジ
    代表 御堂裕実子氏

    日本と台湾の架け橋になるための起業

    山口:台湾ではどのような経験をしましたか。

    台湾に行って、たまたま知り合った日本人と「将来は海外で日本語教師をしたい」というような話をしているうちに、その人の知り合いが台湾の環球技術学院大学というところで日本語の教師をしているので紹介してくれるということになりました。その時は時間が無かったので、日本に帰国してからコンタクトをとって、連休を利用してすぐに台湾に会いに行きました。

    環球技術学院大学があるのは、台湾中部の斗六という町で、ガイドブックでもあまり紹介されない、ほとんどサトウキビ畑くらいしかないところでした。私がその大学のキャンパスに訪ねていくと、日本人が来たということで大騒ぎになり、それこそスーパースターがやってきたかのように、たくさんの学生が校舎の窓から身を乗り出して私のことを歓迎してくれました。私は、予想外の大歓迎に驚くと同時に、台湾の山奥の田舎町に日本のことを大好きな人たちがこんなに沢山いるのだということを初めて知って、大きな衝撃を受けました。その時に、今まで自分がいつか日本と海外の架け橋になりたいと思っていたことが繋がった気がしました。そうか、自分が探していたのは台湾だったんだと。

    それで、先ほどお話した母校の国際交流制度の幹部の方に斗六での経験をお話して、交換留学先の候補に加えてみてはどうかと提案してみたんです。結果的に私の提案が通って、毎年3月に高校OBの日本人大学生10名が斗六に短期留学するプログラムが始まりました。留学にいった学生たちは帰国後、皆、目を輝かせて「台湾のことを全然知らなかったけれど、行ってみて大好きになりました」と言うんです。それがまた私にとってはとても嬉しくて、こういうことをもっと仕事としてやっていきたいという思いが強くなってきました。ただし、それを実現するためには、自分がもっと台湾の言葉や文化を知り、あるいはネットワークを作って、しっかりとビジネスができる土壌を作らなければなりません。

    山口:それで、日本の仕事を辞めて台湾の大学に留学したのですね。

    はい、最初の3ヶ月は政治大学で中国語の勉強に専念しました。その後は、日本語教師の資格を取得していたので、日系の語学学校で日本語教師として採用してもらって、労働ビザを取得して働きながら勉強していました。朝は大学に行って授業を受け、昼間は授業で出された課題をこなし、夕方からは語学学校で日本語教師をしていました。1年ぐらい経ってから、日系企業向けにコンサルティングしている会社でアルバイトをさせてもらうようになって、最終的には、大学と日本語教師とアルバイトの三つを掛け持ちしていました。すごく忙しかったけれど充実していました。

    ところが、突然、勤務先の語学学校が潰れてしまったのです。労働ビザがなくなりましたので、一度日本に帰国することになりました。そのとき、日本にいても台湾との懸け橋になることができるのではないかと思って、台湾関係のコンサルティング事業をしている会社を探してみました。でも、中国関係のことをやっている会社がついでに台湾も取り扱っているという感じで、台湾を専門にしているところはほとんどありませんでした。それならば自分で台湾専門の事業を立ち上げるというのも一つの手段じゃないかなということで、ファブリッジを立ち上げました。

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    越境ECを中心とした今後の展開

    山口:会社を経営することになって苦労はありませんでしたか。

    私は、単に自分のやりたいことをやるための手段として起業したまでなので、最初は自分の興味が赴くままに台湾に関係することをしていれば、売り上げが上がっていなくても満足でした。経営というものを何も知らなかったわけです。ところが、こういうビジネスを立ち上げてホームページを立ち上げたりして活動しているうちに、ありがたいことに理念に共感して仲間になってくれる人が増えてきました。そうなってくると、私が自己満足していては駄目で、多くの人の力を借りてもっと大きな影響力を発揮できるようにならないといけないですよね。会社というのは、「法人」という字のごとく法の上では人なわけで、私は会社を作ることで法の上では1つの個人、人を生んだっていうことですよね。そうすると、やっぱり生んだだけじゃなくてちゃんと一人前に育てるのが務めだと思っています。とはいっても、経営に関してはまだまだ素人で、とにかく協力してくれる人の力を借りて何とかやっている状態です。

    山口:ファブリッジという会社の進む方向性としてどのようなことをお考えですか。

    今までは、台湾展開に関するクライアントの課題について二人三脚で対応するという感じで、言わば御用聞きになることが少なくありませんでした。ですが、今後はもっと自分たちから情報を発信したり、新しいサービスを提案したりして、クライアントの事業を拡大することに注力していきたいと思っています。

    今後、力を入れて行きたいのは越境EC、つまりはインターネットによる商品販売です。日本に在庫を置いたままで、オーダーがあるごとに都度商品発送を行いますので、在庫を一括で台湾に輸出する手間を省くことができ、クライアントの負担を抑えることができます。また、これまでファブリッジが培ってきた中国語でのweb制作、台湾からの問い合わせに対する対応、台湾での代金決済といったノウハウを全て活用できます。冒頭でもトータルコーディネートできるのが弊社の強みと言いましたが、越境ECに関して言えば最も重要な海外発送、代金回収、カスタマーサポートという3点に関して全て対応できる体制が整えていますので、これからプロモーションに力を入れていこうと思っています。

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    日本と台湾のこれからのために

    山口:日本と台湾の関係については、どのように見ていますか。

    2011年3月の東日本大震災の際、世界中でいち早く膨大な寄付金を集めて援助してくれたのが台湾ですが、日本でそのことを明確に認識して感謝の気持ちを持つことができている人はどれほどいるでしょうか。台湾の人たちはいつも日本のことを気にかけてくれているのに、私たち日本人はそのことを意識できていないというのが実情だと思います。

    今年の6月に、東北の企業の発案をもとに「ありがとう台湾ツアー」という企画を実施しました。東北地方で復興を実現した方々と一緒に台湾の企業や行政府を訪問して、復興支援に対する感謝の気持ちを直接伝えようというものです。訪問先の一つにジャイアント(※筆者注:台湾発の世界最大の自転車メーカー)をアレンジしたのですが、そこで参加者の方が、自分たちに自転車を提供してくれたのがジャイアントだったことに初めて気づいたと言っていました。実は、地震の直後、ジャイアントは真っ先に被災地に数千代の自転車を寄付してくれて、瓦礫が積み重なった道なき道の移動手段や安否確認、さらには救援活動と、ジャイアントの自転車が被災者の助けとなっていたのです。

    訪問を受け入れてくれた台湾の企業や組織の側もすごく喜んでくれて、どこに行っても「日本が苦しい時に助けるのは当たり前じゃないか。私たちは兄弟じゃないか。」ということを言われました。それを聞いた日本からの参加者の方たちも、「こんなに日本を身近に想ってくれているなんて知らなかった」と二重に感銘を受けていました。参加者の方たちは皆さん地元に戻って報告会をして、また台湾に行きたいという話をしているそうです。

    私ができることはこういった草の根的な活動にすぎませんが、小さくても何でも地道に続けて行きたいと思います。日本と台湾の架け橋になる、それがファブリッジの設立当初から一貫して変わらない信念です。

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