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    「日本と台湾の架け橋になることが変わらない信念です」
    合同会社ファブリッジ
    代表 御堂裕実子氏

    弁護士山口智寛が時代をリードするリーダーたちに突撃インタビューを敢行するシリーズ。今回は、日本企業の台湾進出を総合支援する合同会社ファブリッジの代表・御堂裕実子氏にインタビューに応じていただきました。

    【合同会社ファブリッジ概要】(2016年10月現在)

    所 在:(東京事務所 )東京都品川区大崎2-9-2-1107、(台湾事務所)台南市中西區中成路18號11F之20
    設 立:2008年
    事業内容:台湾進出支援、日台間ビジネスプロデュース
    Webサイト:http://www.fabridge.co.jp/

    日本企業の台湾進出のトータルサポートを行う。ファブリッジ(Fabridge)という社名は、ワクワクする(Fabulous)と架け橋になる(Bridge)をかけ合わせたもの。

    【御堂裕実子プロフィール】

    明治学院大学卒業後、大手広告代理店勤務を経て、台湾政治大学へ留学。
    帰国後2008年に合同会社ファブリッジを設立。
    食品会社、不動産企業、IT企業、教育事業など様々な業界の台湾進出を手掛ける。
    中小機構基盤整備機構国際化支援アドバイザー、海外販路開拓アドバイザー、東京商工会議所専門家アドバイザー、大学での「海外ビジネス事情」の講義講師を務める。

    日本企業の台湾進出の課題と対応

    山口:ファブリッジの業務内容と特徴について教えていただけますか。

    弊社は、2008年の立ち上げ以降、一貫して日本企業の台湾進出のサポートを行っています。台湾進出のファーストステップからの一連の過程を長期的にお手伝いすることもあれば、単発でのプロモーションや商談会の開催などをアレンジすることもあります。お客さまによっては、本当に初歩の「台湾がどんなところか」という説明から行うこともあります。

    台湾に限らず、海外進出のサポートをしている会社の場合、例えば、広告や現地でのプロモーションが強いところ、輸出入が強いところ、webマーケティングが強いところなど様々な会社がありますが、弊社の場合は各分野を串刺しにしてトータルコーディネートできるというのが強みです。また、海外進出の場合、現地での第一歩を踏み出すまでのハードルが高くなりがちなので、とにかくまずは台湾で事業をスタートするということを重視しています。

    山口:日本企業にとって台湾はどのような魅力があるでしょうか。

    台湾は、面積は日本の九州と同じくらいで、人口は2,350万人ほど、740万世帯ぐらいの規模です。経済規模はそれほど大きくありませんが、日本の商品、サービス、文化を受け入れる土台ができているので、市場としての魅力があり、日本企業が海外展開の第一歩を踏み出す先としての条件が整っています。また、台湾での展開を踏まえて、その次に中国やシンガポール、香港、そして東南アジアという地域にステップアップしていくのにも最適です。

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    山口:台湾進出に関して、よく課題や障害となるのはどのような点ですか。

    一番気をつけなければいけないのは、商取引における意思決定のあり方です。日本国内のビジネスだと、商談の場で即断することはせずに、いったん持ち帰って社内で検討してから結論を出すのが普通だと思います。ところが、台湾企業と商談をしていると「あれもできる、これもできる」というふうにどんどん大きな話になっていった挙句、その場で決断を求められることも珍しくありません。それで蓋を開けてみると、想定していた前提が整っていなくてご破談になってしまうというケースを、数多く見てきました。

    ですから、台湾でのビジネスについて慣れていない日本企業に対しては、即決を求められるようなシチュエーションがあっても、国内取引と同様の慎重さを持って考えた方がいいとアドバイスするようにしています。

    山口:その他に、こういうことが問題になって困ったという事例はありますか。

    農林水産系の団体や食品メーカーが台湾で商談会や物産展への出店をしたときに、輸出に必要な商品情報が収集できず困ったことがありました。国をまたいで商品を輸出し、台湾で販売するというのは、様々な届出や検査を経てようやく実現することで、そんなに簡単ではありません。特に食品に関しては、物理的な輸送の大変さに加えて、成分や生産地などに応じた規制や基準をクリアしなければならないので、周到に準備する必要があります。日本で販売できているからといって、台湾でも簡単には販売できるとは限らないということは、是非とも頭に入れておかなければならないことです。

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    消しゴムを転がして決めた台湾行き

    山口:もともと海外に強い関心をもっていたのですか。

    中学生のときから、英語のスピーチコンテストに出たり、地元の区の援助で3週間くらいアメリカにホームステイに行かせてもらったりして、何となく海外に対する関心は持っていました。その後、都立高校を卒業したのですが、その高校では現役生とOBを対象にした国際交流事業というのをやっていて、イギリスとドイツに毎年交換留学生を派遣していました。私も、大学入学後にその制度に応募して、今度は1ヶ月間イギリスに行かせてもらいました。帰国後はスタッフとして国際交流事業の運営側の活動をしていました。

    あるとき沢木耕太郎さんの「深夜特急」を読んで、そこに描かれているアジアの国々の生々しい様子に衝撃を受けました。私は少し欧米に行ったことがあるだけで世界を知った気になっていた…そう気が付かされました。さっそく深夜特急を手本にして、バックパッカーでベトナム、ラオス、カンボジア、タイのあたりを2カ月ぐらいかけて周りに行きました。同じように様々な国から一人で来ている人と仲良くなって、今度はその仲良くなった友達の母国を訪ねて行ったりもしました。今にして思えば、旅の度胸と語学力を同時に鍛えていた感じですね。

    山口:大学を卒業して、最初は広告代理店に勤務したとお聞きしました。

    ずっと海外との繋がりを大切にしてきたので、海外と日本の懸け橋となる仕事をしたいという気持ちがある一方で、石の上にも3年というわけではないですけど、何かしら自分が培った経験があって初めて社会の役に立てる人間になるとも思っていました。結局は、まずは地道に日本国内で社会経験を積もうと、他の大学生と同じように就職活動をして国内の広告代理店に入社しました。広告代理店では、新規開拓のための営業活動をしたり、広告の提案をしたり、チームで大きなプロジェクトを動かしたりと、多種多様な経験をしました。

    山口:どのような経緯で台湾に行くことになったのですか。

    広告代理店で勤務していたときも、海外への思いは捨てていませんでしたので、休日を使って日本語教師の資格を取るための勉強をしていました。そんなとき、1週間のお休みができたので、さあ、久しぶりに海外に旅に行こうということになりました。東南アジアで陸続きに旅をするほどの時間は無いので、もう少し近場で今まで行ったことのない台湾、韓国、中国のどれかにしようと、消しゴムに名前を書いて転がしてみたんです。そうしたら台湾が出た。それで初めて台湾に行ったというのが、私と台湾との出会いです。

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