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    「世界にはインターネットで解決できる課題がまだ沢山あります」
    株式会社クララオンライン
    代表取締役 家本賢太郎氏

    15歳で起業!若年経営者としての苦労

    山口:15歳で起業されました。どのような思いで起業されたのでしょうか。

    どうしても起業したかったとか、お金もうけをしたかったとか、そういう動機があったわけではありません。単純に、インターネット関連の仕事がしたかったのと、社会の接点を持ちたかったということだけなのです。14歳のときに車いす生活になり身体障害者の手帳をもらって、中学校はほとんど行っておらず、高校にも行かない決断をしました。運良くインターネットというものに出会って、こういう世界があるのだと開眼し、自分でインターネットのために働きたいと思うようになりました。当時は、インターネット関連の仕事というと、ウェブデザインかプログラミングかサーバぐらいしかなかったので、最初は全部やりました。その中で、長く続けられる仕事だったらサーバだろうと思って、サーバのビジネスに集中していったというのが実情です。

    山口:創業後はどのような苦労があって、それをどのように乗り切りましたか。

    まずはインターネット関連で起業しようということだけ決めたのですが、具体的なやり方がわかりませんでした。名刺の渡し方、請求書の出し方、印鑑の使い方、全て何もわからず、今みたいに誰でも起業できますというようなノウハウ本も無くて、周りに参考にできるケースもありませんでした。これが一番しんどかったですね。

    一方で、インターネットビジネスという当時としては新しい仕事をしていて、年齢も若く、しかも車いすに乗っているということで、世間から注目を浴びるようになり、なんだか自分がとても偉くなったような気になってしまいました。人も雇ってオフィスも増やして、でも足元は自転車操業という状況で、17歳のときに会社が潰れる寸前まで行きました。もうやめようと思って会社を売りに回ったのですが、誰も買ってくれませんでした。幸いにもスポンサーになってくれるところが見つかり、何とか会社を存続させることになりました。あの時、会社の買い手が見つかっていたら、今頃は全く別の人生を歩んでいたかもしれません。

    山口:家本さんは普通の人と順序が逆で、起業後に大学に入学しています。創業してから敢えて大学に入学されたのはなぜですか。

    一度、会社を潰しかけて、自分という人間の基礎が足りてないということを痛感しました。また、それまでは体系的に学習することよりも現実社会の中で実践することが重要だと思っていたのですが、やはり理論を学ぶことも重要だと意識するようになりました。それで慶応大学の湘南藤沢キャンパスに入学しました。

    大学生活の前半では、主に経営戦略や会計を中心に勉強しました。自分は既に会社経営を通じてこれらのことを実際に体験しているわけで、そのような経験をもとに理論的な裏付けを勉強すると、面白いようにするすると頭に入ってきました。

    大学の後半は、歴史の中にこそ普遍的な真理があると思い、ちょっと変わっているのですが、たまたま出会った教授の影響で朝鮮史、特に朝鮮舞踊史を研究していました。朝鮮舞踊は、第二次世界大戦の頃の日本のモダンバレエと朝鮮の歴史的な舞踊が融合したものだと言われており、この歴史を紐解く研究は非常に面白かったです。

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    未来への水先案内人としての役割

    山口:クララオンラインを含む日本企業にとって、アジア市場というのはどのような魅力がありますか。

    二つの観点があると思います。一つは、先ほど申し上げたように、世界のインターネットユーザーの45%近くがアジアにいて、あと数年で世界のインターネットユーザーの半分以上をアジアが占める状況になります。当然、マーケットとしての魅力が大きいわけです。

    もう一つは、結局、どんなビジネスにおいても環境の変化という試練を乗り越える必要が出てくるわけです。この点、アジア市場は成長段階にあるだけあって非常に変化が早い。

    リアルな経済成長を目の当たりにしながらビジネスを行うのは非常にワクワクするし、常に何か新しいことが始まりそうだという期待を持つことができます。日々の変化の中で仕事をすることができるというのは、非常に大きな魅力ではないかと思います。

    山口:御社の現状の課題はどういったものでしょうか。

    一番大きな課題は人材育成です。商社や金融機関でクロスボーダーの経験を積んでいる人は沢山いますが、ITの分野ではまだまだ少数です。実はITベンチャーの成長の足かせとなりうる一番の要素は、お金とか事業内容とかではなく、人材ではないかと考えています。

    国と国の間に橋を架ける役割をする、その人材を育てるためには、実際に経験を積んでもらうしかありません。しかも、失敗の経験もしながら成長してもらう。ですから、個々人としてはチャレンジをしてもがくことに楽しみを覚えてもらい、会社はそれを全力でバックアップするということが必要になります。これは困難ではありますが、非常に重要な課題です。

    また、橋というのは両側にしっかり架けなければならず、片側だけでは困ります。ですから、日本国内でもしっかりとビジネスができ、かつ、海外でも同じクオリティで仕事ができる人材が必要です。日本だけとか、海外だけというのは通用しません。

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    山口:家本さん個人としては男女共同参画分野にも積極的に関与しています。これはどういったお考えからでしょうか。

    ライフワークだと思って取り組んでいます。先ほどのワークライフバランスの話に関連しますが、現状、こういった施策はほとんどが大企業が舞台となっていますが、実は中小企業やベンチャー企業のワークライフバランスこそが最も重要なはずです。しかし、現実には中小企業やベンチャー企業はそんなことを検討している余裕はない。そこで、これはじっくりと腰を据えて取り組まなくてはならない課題だと思い、国としての政策的な観点からの検討に参加させていただくようになりました。

    もう少し大局的な観点から言うと、私は、日本という国のあり方を変える可能性のある取り組みに関与しているという認識でいます。具体的な論点としては、育休だとか介護休暇だとかいろいろなテーマがあるのですが、より大きな視点で、そもそも現代社会を生きる私たちがどのような国でどのような生活をしたいのか、そういう検証をしています。

    山口:最後に、今後の展望をお聞かせください。

    私は今、34歳ですので、少なくとも40歳になるまでの6年間は、とにかく自分の手と足と目で世界中を飛び回って、インターネットで解決できる課題を見つけて、その解決方法を提供するということに全精力を注ぎ込みたいです。そこから先はまだよくわかりませんが、とりあえず60歳になったときには少年野球の監督をやることができたら本望ですね。

    インタビューを終えて

    家本社長のお話は、どんなテーマであっても、その起伏のある人生経験に裏打ちされた迫力と人を惹きつける魅力に満ちていました。一個人、会社としての成長を志すことはもちろん、日本という国をもっと良くしていきたいという信念にもとづき、具体的な行動に結びつける姿勢は、まさに時代を担うリーダーそのものと言えます。インタビュアーである筆者も、大いに刺激を受けました。家本社長、超多忙の中で時間を割いていただき、本当にありがとうございました。

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