• 対談_01

    「台湾を起点にした世界展開を目指しています」
    ケイ・エス・ティ・ワールド株式会社
    代表取締役 川崎正寛氏

    弁護士山口智寛が時代をリードするリーダーたちに突撃インタビューを敢行するシリーズ。記念すべき初回インタビューのお相手は、ケイ・エス・ティ・ワールド株式会社(以下「KST社」)の代表取締役・川崎正寛氏です。

    KST社は福井県に本拠を置き、その唯一無二のシリコン・ウェーハ(シリコンをウエハー状にした円盤状のもの)の成膜加工技術で世界シェアのトップを占めている会社です。近時は食品関連事業を開始して玄米ドリンク「GEN-MY」を販売するほか、台湾にも法人を設立するなど、ますます勢いを加速させています。そんなKST社を率いる川崎社長と台北でお会いし、お話をお聞きしました。

    福井県の繊維加工メーカーから世界的なシリコン・ウェーハ加工メーカーへ

    山口:川崎社長のご実家は繊維加工メーカーだとお聞きしています。どのような経緯で現在のようにシリコン・ウェーハ加工業を手掛けるようになったのでしょうか。

    私の実家は福井県の繊維メーカーを営んでおり、私はそこで繊維関連原料の輸出入や自社製品の海外販売を手掛けていました。台湾・韓国・アメリカとの間である半導体の材料の輸出入を手伝った際に、半導体の材料になるシリコン・ウェーハに膜をつけるビジネスというものがアメリカのシリコンバレーで成功を収めている状況を目の当たりにしました。日本ではまだ手がけているところはありませんでしたので、これを自社で事業として興すことができればパイオニアになることができるだろうと考え、1998年に社内ベンチャーのような形でKST社を立ち上げました。KSTとは、カワセキ・セミコンダクター・テクノロジーの略です。

    山口:シリコン・ウェーハの成膜加工というのはどのような技術で、どのあたりにKST社の優位性があるのでしょうか。

    皆さんよくわからないとおっしゃいます(笑)。シリコン・ウェーハとは、ICチップの製造に使われる石英でできた薄い基板のことです。最初に原料の物質を円柱状に結晶化させて、これをハムのように薄くスライスして作ります。そうしてできたシリコン・ウェーハに様々な機能を持たせるために、用途に適した素材の膜を成膜する必要があります。

    通常の成膜加工では薄い膜を成膜するのですが、KST社立ち上げの翌年、アメリカのシリコンバレーのお客さんからシリコン・ウェーハに厚い膜を成膜してほしいというオーダーがありました。これを実現する技術を開発するのには大変苦労をしましたが、研究を重ねて「厚膜熱酸化膜」という独自の技術を確立することに成功しました。シリコンバレーのみならず全世界から引き合いがあり、結果的にKST社の技術が世界に広まることとなりました。このように、お客様のニーズに応じて様々な成膜加工を実現するべく、日々の技術革新を怠らないというのが当社の最大の強みです。

    対談_02

    より成長するための戦略的な台湾進出

    山口:KST社の国内拠点は、創業地でもある福井の工場と営業拠点である東京ですね。さらに2013年には台湾の高雄に現地法人を設立されていますが、これはどのような意図によるものでしょうか。

    会社を設立して間もないころは、台湾のビジネスボリュームはそれほど大きいわけではなかったのですが、台湾国内でいわゆるハイテク産業が盛んになるにつれて、徐々に台湾のお客様が非常に増えてきました。そうした中で、台湾市場というところに目を向けてみると、台湾にも営業拠点を置くことで我々のお客さんであるメーカーと一緒に成長できるという実感がありました。また、今のところ生産拠点は日本国内にありますが、将来的に台湾に生産拠点を置くことができれば、台湾、さらには中国市場をカバーできる領域が広がる可能性もあります。このようなことから現地法人を設立しました。

    山口:台湾法人は高雄にありますが、場所的に見てどのような特性があるのでしょうか。

    半導体を始めとするハイテク産業というと一般的には台湾北部の新竹(筆者注:台湾のシリコンバレーと言われる都市)をイメージされる方が多いと思いますが、われわれのメーンカスタマーはどちらかというと台湾南部のエリアに集中しています。そこで、お客さまに密着する拠点という意味で高雄に事務所を構えて、そこから北の台北、新竹までをカバーするようにしました。

    少し前にTSMC社(筆者注:台湾半導体製造株式会社。世界最大級の半導体製造メーカー。)が台南に新しい工場を作ったということがニュースになっていましたけれども、実際、今、台南、高雄という南部のエリアではハイテク関連の工場建設が急速に進んでいます。今後もこの地域でのハイテク産業は大きく発展していくでしょう。

    山口:さらには日本法人として初めて台湾の株式市場での新規株式公開(IPO)の申請を行いました。

    当社は元々日本での上場を準備して進めておりましたが、そのなかで、グローバルなビジネス展開を考えると株式公開についても日本国内だけに固執する必要はないのではないかと思いました。ちょうどその頃、台湾で外国企業の上場を誘致する動きがあり、そこに当社の台湾展開がシンクロして台湾でのIPOの準備に入りました。

    当時、台湾での上場は日本企業として前例がないということで、かなり慎重に検討しましたが、最終的には私自身が父親の会社にいるころから台湾でのビジネスを手がけてきた上での経験に基いて決定しました。台湾は個人投資家が非常に多く、また半導体電子部品関連の上場企業が多いことから、当社のビジネスモデルについて市場の理解を得やすいという予測が立ったのが大きな理由です。

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    食品事業への進出

    山口:これまでの成膜加工業とは全く別の、食品関連事業を始められていますが、これはどのような意図によるものですか。

    これも自分の体験に由来するのですが、以前、アメリカで生活していたときに、人々の食品の安全性に対する関心が高まり、オーガニック食品などの食品関連ビジネスが急速に拡大している様子を目にしました。ちょうど私の出身地である福井は農業が盛んで、私自身も農産品の栽培や流通のビジネスにも関与した経験がありましたので、地元福井の農産品、具体的には玄米ですが、これを使って安全性を売りにした健康飲料を作ってみたら売れるのではないかと思いました。

    実は、ハイテク産業と農業というのは親和性があるものなのです。植物工場をイメージしていただければわかると思いますが、最先端の技術を応用しますし、安全・安心がキーワードになりますので。玄米飲料は技術的に難しい点もあるのですが、試作を重ねて2014年にようやく量産タイプの発売に漕ぎ着けました。おかげさまで非常に好評を得まして、今年に入ってからはマスコミでも大きく取り上げられて、好調なスタートを切ることができました。

    山口:食品事業についても世界展開を考えているとお聞きしました。

    世界的に見てお米の飲み物というのはまだ十分に認知されておらず、潜在需要がかなり見込めます。特に米食文化が根付いているアジアは最大のターゲットですので、台湾を中心にしたアジアのマーケットへの展開を考えています。台湾は有力なお米の生産地でもありますので、将来的には、台湾に工場を構えて、そこで作った製品をアジア地域で販売するところまで持って行けたら良いですね。

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    台湾の魅力とパートナーシップのあり方

    山口:日本企業にとって台湾はどのような魅力があるでしょうか。

    今更言うまでもないことですが、やはり、文化や習慣の上で共通または近いものが多いということです。したがって、企業にとってはビジネスパートナーを探しやすいですし、市場として見ても製品やサービスが受け入れられ易いということがあります。

    もう一つは、これも敢えて説明するまでもないことですが、背後に巨大な中国市場が控えているということですね。ただ、以前はどちらかというと、台湾の企業を通じて中国に進出しようということを考える企業が多かったように思いますが、最近は日本の企業と台湾の企業が一緒になってアジア圏全体を攻めていこうというパートナーシップのあり方が増えているように思いますね。

    山口:台湾進出を考えている日本企業はどのような点に留意すると良いでしょうか。

    これは台湾企業から聞いたことなのですが、日本企業は、すぐに自分たちのビジネスの話を持ち出すことが多いそうです。しかし、台湾でビジネスをする上では、ビジネスの中身よりもまず、人と人との信頼関係を構築することが非常に重要です。したがって、まず、お互いに信頼できるような相手を見つけることを一番に重視すべきではないかと思います。もちろん、人と人との関係においては相性や価値観の違いがありますから、すぐに良いパートナーを見つけることができるとは限りません。ですから、現地に足を運んでいろいろな方と会ってみて、そのなかで相性が良かったり、将来のビジネスモデルを共有できる相手と出会う、そういう出会いがあるまで根気よく続けるくらいの覚悟で取り組まれると良いのではないでしょうか。

    山口:最後に、今後の展望をお聞かせください。

    私が台湾と関わりを持ったときに一番印象に残ったのは、中小企業のアグレッシブな経営姿勢です。台湾には、国内だけでなく海外にも積極的に進出して頑張っている中小企業がたくさんあり、そういう姿を見て、当社も負けてはいられないと強く思いました。会社としても、私個人としても、日本だけに留まらずに積極的に世界に出て勝負をしていきたいと思います。